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飛鳥紀行「御霊奉安」

 投稿者:素里奈  投稿日:2007年12月 7日(金)23時40分31秒
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  玉枕氏の「みたまの奉安」に谺(こだま)する。
>河内の天皇陵古墳めぐりに参加する。
>作業に携わった人々の統制は如何に?言葉は通じ合えたか?

日本には古代朝鮮の写経があったことは、審詳の蔵書目録や正倉院文書からも確認され、管見に入った唯一の例は『華厳刊定記』で、巻五の巻末識語に「延暦二年(七八三)十一月廿三日東大寺に於いて、新羅正本と自ら交勘を畢る・・・・」とある。新羅の学僧の著書は日本で尊重され、写本として中世に伝わり、江戸時代には刊本もあり、朝鮮に滅びた書籍がかえって日本に多く残っている。私は現在多く伝存する古写経の中に、あるいは中国古写経とされるものの中に必ず「(古朝鮮・この三文字筆者加筆)三国の写経が含まれていると思う。三国の写経としては、先に紹介した新羅の「大方広仏花厳経」しかないので、比較には大きな困難を伴なう。しかし印刷物であるが新羅の『無垢浄光大陀羅尼経』や、高麗初期の仏典が参考になるであろう。正倉院には朝鮮の文物として、さわり、(サバリ=どんぶりのこと、皿ではなく縁のあり底が深い丼や、縁を有する平面な器の総称、現在の日本では、主に仏教用の貴重な備え具になっているが、朝鮮では、食器・器「さばり」として普段の日常食器として使用されている。筆者注。)新羅製の墨や琴などがある。私は写経の場合と同様に正倉院宝物の中に、さらに技術の優秀性のゆえに中国製と推量されているものの中にも、先にみた時代背景からして、むしろ朝鮮三国製とすべきものが多く含まれているであろうと考えている。

             大宰府には高句麗、百済、新羅の使臣が来て、それらの国々
奈良で話された新羅語  の言葉が話されていた。奈良でも新羅へ留学した学僧たちが
             渡来僧と新羅語を話し、今日のフランス語のように文化国へ
             の憧れを秘めた、ハイカラなインテリ用語であったと思う。
             場合によっては奈良の寺では新羅語の講義もあったであろう。
             思うだに心躍る光景であるが、当時の記録が多く伝わる中で、
             どうしてその痕跡が文字として残されていないのであろうか。
             その出現を望むのは無理であろうか。

「富山大学 藤本幸夫氏論説・『言葉と文字』中央公論社240頁。」

ご旅行後の『紀行文』を楽しみにしています。
 

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